デジカメを持って 西へ東へと・・・


徳川家康は1601年(慶長6年)に、全国支配の為に
江戸・日本橋を起点とした地方の各地とを結ぶ
陸上交通路の東海道、中山道、日光道中、奥州道中、甲州道中の
各街道を整備し、「五街道」と称していました

1609年(慶長14年)に徳川家康が上洛する際
「五街道」のひとつであった中山道の要衝で
「天下分け目の決戦」と云われています「関ヶ原の合戦」の時に
徳川家開運の陣地であったお勝山の北方に、自らが上洛の往復をする時に
使用する為の休泊施設「お茶屋屋敷」を、美濃の国の諸大名に命じて造営しましたが
410年以上経過した現在では、創建当時の城郭様式を偲ぶ
土塁や空壕の一部が残っているだけとなり、今では個人の所有となり
数多くのボタンが植えられて、東海地方有数のボタン園として一般公開がされ
4月下旬から5月初めには、多くの花見客達で賑わいを見せているものの
花見シーズン以外の秋の季節には、訪れる人も殆んど無くひっそりしていますが
園内には多くのモミジが植えられていて、綺麗な紅葉を見る事が出来ます


                    晴天に恵まれました今月の中旬過ぎに、「お茶屋屋敷跡」を訪れ
             その時の様子を、デジブックで纏めてみました。







2014.11.30 / Top↑