デジカメを持って 西へ東へと・・・

    
     七重八重  花は咲けども  山吹の
             実のひとつだに なきぞかなしき


                                        後拾遺集・中務卿兼明親王


・・・画像のアニメは、「Giam」を使って作成しました。(画像5枚)・・・



江戸城を築城した事で知られています太田道灌が
まだその当時には、扇谷上杉家の家宰であった或る日
道灌が鷹狩りに出かけた時に、俄雨に遭ってしまい
みすぼらしい家に駆け込んで、道灌が「急な雨にあってしまい
蓑を貸してもらえぬか」と声をかけると、思いもよらず
年端もいかぬ少女が出てきて、その少女が黙って差し出したのは
蓑ではなく山吹の花一輪で、花の意味が分からぬ道灌は
「花が欲しいのではない」と怒り、雨の中を濡れながら帰って行き
その日の夜になって、道灌がこの日の出来事を家臣に話すと
家臣の一人が進み出て、「後拾遺集に醍醐天皇の皇子
中務卿兼明親王が詠まれたものに、山吹の歌があって
その娘は蓑ひとつなき貧しさを、山吹に例えたのでは
ないでしょうか」と云い、驚いた道灌は己の不明さを恥じ
この日を境にして、歌道に精進する様になったと云われていますが
山吹は晩春の頃に成ると、山や公園で良く見る鮮黄色の五弁花を咲かせる
バラ目バラ科ヤマブキ属の落葉低木で、この花の色を元にして
「ヤマブキ色」が出来たと云われ、この山吹の花が小生の住んでいる所でも
4月中旬を過ぎた頃から黄色い花を咲かせ始め、今見頃を迎えています



・・・「太田道灌」の記述に付きましては、道灌ゆかりの地であります「埼玉県越生町」のHPを参考にさせて頂きました。・・・





2015.05.04 / Top↑
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